22: 名無しさん@おーぷん 20/12/26(土)03:15:21 ID:Zq.sm.L1
昔、父の実家が本家で、祖父が当主で、正月には年末から親戚が20人くらいどっと泊まりに来て、元旦にはみんな盛装して当主からお屠蘇の盃をいただく、ってのをやってた。

親戚は三が日泊まって夜昼なく宴会。
その間の、おせち料理つくって正月用の食器出して、布団の用意して客間の掃除して、出入りの業者さんに正月のお菓子やお酒発注して、というあれこれは “跡取りの嫁” である母一人でやっていた。
親戚の女衆も手伝ってくれるけど、仕切りは母だから、四日になってみんな帰ると寝込むレベルに疲れていた。
なのに六日七日まで居座る親戚もいて、つき合って遊んでる祖父や父に殺意さえわいた。

ちなみに “当主の嫁” である祖母は体が弱く、私が物心ついた頃には寝たり起きたりの生活だった。
祖母の世話は母がやっていた。
だから正月は祖母+親戚の世話で疲れるんだ。
私は私で親戚が連れてくるガキどもの子守に追い回されていた。
大みそかの夜に夜泣きする赤ん坊をおんぶして、除夜の鐘をきいたことは忘れられない。

ところが私が中学2年の時、父が
「本当に好きな人と家族になって新年を迎えたい」
ということで、
母と私は12月に入ったところで父に家から追い出された。
父は不倫してて、相手が妊娠したのだ。
もちろん慰謝料も養育費ももらったけど、私は
(なんで父の家にこんなに尽くしていた母がこんな目に遭うんだ)
とはらわたが煮えくり返った。




でも母はあっけらかんと
「(自分の実家に)帰ってもいろいろ面倒だから、この際、東京に出ちゃおうよ」
私びっくり。
「大丈夫!?」(田舎の中学生には東京は外国レベル)
母「大丈夫大丈夫」(今考えると、大丈夫という根拠はなかったと思う)
と、二人で東京に出てきた。

23: 22 20/12/26(土)03:19:17 ID:Zq.sm.L1
そして、私は転校した中学が冬休み中、母は仕事が正月休みに入った日の朝。
母が起きてきて、私が起きてきて、トーストをかじりながら
「今日は28日かぁ……何かすることあったっけ」
「うーん……ないんじゃないかな」
そこで顔を見合わせる母と私。

夢のようだ。

大事なことなのでもう一度。

母、ウキウキと手を握り合わせて
「ね、ね、そしたら年末だってのに映画とか行っちゃう?」
私「スーパー銭湯ってのにも行ってみたい!」

年末を遊びほうけて迎えた元旦。
お屠蘇もおせち料理も何もなく、いつも通りにトーストとハムエッグとサラダと紅茶の朝食。
大事なことなのでさらに繰り返し。

あんな楽しいお正月は初めてで、『お正月は楽しい』ことが衝撃だった。

今でも、年末は大掃除はするけど、おせち料理は作らない。
私が就職してから家計に余裕が出たので、母と二人で正月は温泉旅館で過ごしていた。
今年はこのご時世なので出かけられなくて残念だ。

田舎に置いてきた、父その他もろもろは今どうしているか、全然知らない。
私が大学生の頃、一度だけ、父が電話してきて
「お祖母ちゃんが認知症で、○○(後妻となった不倫相手のこと)を怒鳴るんで困ってるんだ」
と言うので
「大変だねえ」(棒読み)
と答えたらそのまま切れて、それっきり。



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