【閲覧注意】:ジュリ視点です。

165. 名無しさん 2017年01月09日 11:56 ID:6vOCB0X90
今年、27歳の主婦です。
私は父方の祖母に育てられたようなものでした。
小学校六年の時に父を癌で亡くして、それ以来母が働きながら私を育ててくれました。
祖母は徒歩で15分くらいのところに住んでいます。
母がいない寂しさから祖母を頼るようになっていました。

祖母は私に言いました。
「お前のお母さんはお父さんを病気にさせた。
本当は結婚を反対していた。
何よりお前が不憫だ」

と。

段々と母よりも祖母を慕っていました。
仕方なく自宅に帰ると笑顔で「お帰り」と言ってくれる母が物凄く鬱陶しく無視しました。
ご飯のおかずに文句をつけ部屋を掃除したと怒鳴り散らしたりしました。
この頃から母がため息をするようになっていました。
何か思いつめたような 顔も知っていましたが、そのまま知らん顔をしていました。
高校も大学のことも母ではなく祖母に相談しました。
学校にも祖母に来てもらいました。
祖母といる時が最高に楽しく幸せでした。
それとは正反対に、母は私を娘と思えなくなっていたのかもしれません。

どうしてこんな話をしたかというと、今日は成人式ですね。
成人式の日に母と別れました。
祖母から買ってもらった晴れ着で遊びまわり、日付が変わるころに自宅に戻りました。
いつものように母が「お帰り」と言ってくれました。
食卓には私の好きな料理が並べられていたのに、私はいつものように悪態をつきました。




166. 名無しさん165 2017年01月09日 12:04 ID:6vOCB0X90
母が
「遅くにごめんね。せっかくだから一口ぐらい食べて。」
「こんな遅くに食べるわけがない。
ご機嫌取りやめたら。見苦しいよ。」

母は諦めたように話し始めました。
「話があるの。もう成人したし私がいなくても平気でしょ。
ここを引き払って実家に戻ろうと思って。
正直なところ、あなたがストレスなの。もう娘と思えない。
自分勝手なことを言っているのは分かっている。
おばあちゃんに何を言われたか知らないけれどあなたの態度や言動が負担なの。」

「私もあんたよりおばあちゃんがいいに決まってるじゃん。
無理して母親面しなくていいよ。」

「うん、だからもう母親面は今日限りで終わり。」
既に日付が変わっていて、母はそのまま席を立ち纏めてあった荷物を持って家を出ていきました。

「ふざけるなくそババア。産むだけ産んで放棄すんな」
と本気で叫びました。
母親は子が何をしても受け止めるもの。母性とはそういう もの、と勝手に決めつけていました。
朝になり料理を片づけたりご飯を炊いたり…何から始めていいのか、どこから手を付けていいのかわかりませんでした。

167. 名無しさん165 2017年01月09日 12:07 ID:6vOCB0X90
泣きながら祖母の家に行って全てをぶちまけました。
祖母は笑いながら、
「よかったよかった。
あの女は誘拐犯のようなもの。お前がやっとおばあちゃんのものになった」

と言いました。

それからはすぐに自宅を処分しました。
片づけの際に母が用意してくれた晴れ着がありました。
父の保険金や私名義の貯金もありました。
保険金は一円たりとも使ってはいませんでた。

お金のことは祖母には言わず晴れ着のことだけを話すと、すぐさまハサミで切り裂いていました。
それを見ても何も感情がわきませんでした。
お金も手に入ったし邪魔な女はいないし大好きなおばあちゃんと一緒。
バラ色人生と思っていました。

大学在学中に祖母のすすめで見合いをして、卒業後に結婚しました。
盛大な式に披露宴、新婚旅行も好きなところを選べました。
義理の父母も夫も私を大切にしてくれました。

あることがきっかけで何となく状況が変わっていきました。
私が妊娠中に、義理の父母と夫から
「産まれた赤ちゃんは男女関係なく跡取りですからお忘れなく。」
と言われました。
今まで優しかったのに、その言い方が感情がこもっていないというかヒヤッとするような言い方でした。
「名前もこちらで決めるから」
とも言われました。
最後に
「仮に今後も妊娠したいならしてもいいから安心して頂戴ね」
と。

168. 名無しさん165 2017年01月09日 12:10 ID:6vOCB0X90
夫に話しても分かってはもらえず、祖母に相談しました。
「手塩にかけて育てたのに恥をかかせて。
どうして頑張れないの。
あの 女の血が悪いから。そういえばあんた似てきたね。」

咄嗟に
「お母さんの悪口を言わないで」
と叫んでいました。

無性に母に会いたい謝りたい、そう思って公衆電話で母の実家に電話をしました。
母方の祖母が最初に電話に出たのですが、私の名前を言ったとたん声のトーンが落ちたのを感じました。
母を呼び出す時に
「○○さんから電話」
と言っているのが聞こえました。
一方的に捲し立て、
「すぐに会いたい。」
と場所と時間を言って切りました。

約束の時間から二時間ほど遅れて母が来ました。
涙が出てしまい、
「お母さん」
というのが精一杯。

でも母は違いました。
「おばあちゃんに相談しないの?私に何の話があるのか知らないけれど。
両親からも行かない方がいいって。それに未だに思い出すと体調不良になるの。
あの成人式の日、一口でも料理を食べてくれていたら頑張ろうと思ったけど。
妊娠しているんだね、あまり無理しないように。」

169. 名無しさん165 2017年01月09日 12:10 ID:6vOCB0X90
母が席を立とうとしていたので
「お母さん今までごめんね。
本当にごめんね。」

「私の方こそごめんね。
でもねもう今更なんだよ。もう娘と思えない。
あなたと別れた日以降、あなたを一日でも一瞬でも思い出すことはなかった。母親失格で構わない。
あなたを産んだ者として幸せになって欲しい。これは本当の気持ち。
辛いことの方が多いかもしれないけれど闘って。
お母さんになるんだから。それを放棄したら駄目。最後まで諦めないこと。」

母はそれだけ言って帰っていきました。
自業自得に因果応報を感じました。

その後、無事に女の子を出産しましたが、この子と一緒に入れたのは入院中のみでした。
退院後に義母から
「まだ体調が万全じゃないから」
と奪うように取り上げられました。
名前も可愛らしい名前ですが私は蚊帳の外で決められました。
義母がいない時は赤ちゃんと一緒にいられますが、抱くと体が強張っているのが分かります。
中々泣き止んでもくれませんでした。

その娘も4歳になりました。
家族で出かける時も
「ママはお留守番だね。
おばあちゃんはいい匂い、ママはくちゃいくちゃい。」

我が子に暴言を言われる辛さが身に沁みました。

今までしてきたことが全て自分に返ってきました。
あれから祖母に電話をしても出てくれません。
もう頼れる人は母しかいません。
懺悔のつもりで、少しずつ母との距離を縮めていこうと手紙を書き ました。
でも宛先不明て手紙が戻ってきました。


お互いに水に流して楽しかった日々を取り戻したい。
また母に会いたい。
余裕ができたらいろいろ調べてみようと思います。
きっとまた分かり合えると思うから。



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